クライアントアラートのKSR事件部分の日本語訳です。
KSR Int’l Co. v. Teleflex Inc.
米国最高裁判所は、特許の有効性に関し広く影響を及ぼす可能性のある判決を下しました。KSR Int’l Co. v. Teleflex Inc.の判決で同最高裁は、特許クレームの主題が自明か否かを決めることは「開放的かつ柔軟(expansive and flexible)」な問題であり、CAFCが従来技術の組み合わせに要求していた”teaching, motivation, or suggestion(“TSM”テスト)”は厳格(rigidly)に適用されるべきではない、と判示しています。この判決により、従来技術に対して十分な技術的改良を有さない特許は無効とされる可能性が高まることになったと思われます。
本事件で対象となった特許クレームは、位置調整可能な自動車用ペダルにエンジンのスロットルを電気的に制御するための電気的センサーを設けることを特徴としています。従来技術としては、技術的な潮流として近年のペダルはほぼすべて電気的に制御されるものであり、位置調整可能なペダルも良く知られていた技術であることが明らかとなっていました。第一審である連邦地裁は、ある従来技術(Asano patent)が電気的センサーをペダルサポート部(pedal support bracket)に設ける点以外のすべてを開示しているとし、かかる電気的センサーを設ける場所については複数の従来技術が教示していると判断しています。さらに、クレームの構成要件である「センサーをペダルサポート部の固定された回転軸(fixed pivot point on the pedal support bracket)に配置する」点についてはいずれの従来技術にも明示的な示唆はないが、従来技術と当該クレームとの間にはほぼ違いがなく(“little difference”)、当該クレームは自明であるとのsummary judgmentを下しています。
CAFCは、連邦地裁が「当該発明を知らない当業者がどのような理解あるいは原理のもとに電気的センサーを従来技術の特定の位置に配置するという動機付けを得るのか(“a specific understanding or principle within the knowledge of skilled artisan that would have motivated one with no knowledge of the invention to attach an electronic sensor to the fixed pivot point on the support bracket of the Asano assembly”)」具体的に検討していない、としてsummary judgmentを覆しました。CAFCは、CAFCの先例によれば、当業者は従来技術が発明者の直面している課題と同じ課題を解決するものでない限り当該発明に到達するために従来技術を組み合わせるよう動機付けされることはない、と判示しました。
最高裁判所は、全会一致でCAFCの判断を覆し、Graham v. John Deere & Co.事件で示されたように自明性判断には柔軟性(“flexible)が重要である点を確認しています。さらに最高裁は、CAFCの判断が次の三点で誤りであることを指摘しています。(1)従来技術を組み合わせる動機付けに関し、発明者が解決しようとした課題のみに注目するべきであるとしている点(“by holding that courts and patent examiners should look only to the problem the patentee was trying to solve in evaluating a motivation to combine elements of prior art”)、(2)当業者は、従来技術のなかの発明者が解決しようとした課題と同じ課題を解決する部分にのみ動機付けを与えられると仮定している点(“by assuming that the skilled artisan will be led only to those elements of prior art designed to solve the same problem faced by the inventor”)、(3)クレームが自明とされるためには、単に「組み合わせを試みるのが容易」ということを示すたけでは不十分であるとした点(“by concluding that a patent claim cannot be shown to be obvious merely by showing that a combination of prior art elements was “obvious to try”)。
本判決が従来の自明性判断基準を変更するものなのかは議論が残ります。本事件が最高裁判所で審理されることになって以来CAFCは、TSMテストは厳密かつ機械的に適用されるべきではなく、むしろ当業者のレベルを考慮し柔軟に適用されるべきであるということを明確にするため努力をはらってきています。最高裁判所は、これら近時の判断を認めるとともに、TSMテストをより柔軟に継続して用いることを許容しています。しかしながら、今回の最高裁判決により、USPTOや各連邦地裁は従来技術に対する貢献がほとんどないと思われる特許を無効とする方向により傾くものと推測されます。
タウンゼント知財総合事務所/ 穐場 仁